【論文掲載】ハイブリッドスラスタの課題である 燃料と酸化剤の質量混合比(O/F)履歴を即座に取得できる方法を開発
株式会社ElevationSpace(代表取締役CEO:小林稜平、読み:エレベーションスペース、以下「ElevationSpace」)は、宇宙で実証・実験を行った後に地球へ帰還することができる無人小型衛星で実用化を目指すハイブリッドスラスタについて、国立大学法人東北大学学際科学フロンティア研究所(所長:早瀬敏幸、以下「東北大学際研」)の齋藤勇士助教らと共同で行った研究成果が、宇宙推進分野で権威のある査読付きジャーナル「Journal of Propulsion and Power」に掲載されたことをお知らせします。
本研究により、直接計測することが困難である、ハイブリッドスラスタの燃料消費量履歴を、燃焼試験データを用いて瞬時に取得可能になり、今後のハイブリッドスラスタの研究開発に大きく貢献します。
■ ポイント
・現在ほとんどの宇宙機用スラスタでは、固体スラスタや液体スラスタが使用されますが、固体スラスタは、一度着火すると燃焼が継続し、緊急時等に停止させることが困難という課題があり、液体スラスタは管理コストが高いという課題があります。また、いずれのスラスタも、スラスタ性能を高めるために危険な燃料などを用いています。そこで、高い安全性と経済性を兼ね備えた推進装置であるハイブリッドスラスタが近年注目されています。
・スラスタ性能を確認するためには、燃料と酸化剤の質量混合比(O/F)履歴を正しく計測する必要がありますが、ハイブリッドスラスタでは内部の固体燃料を直接観測できないために、燃焼中のO/F履歴を計測できないという問題があります。また、時間経過によってO/F履歴が変化するハイブリッドスラスタ特有の問題のために、時間平均O/Fでは燃焼試験結果を適切に評価することができません。これらの問題を解決するため、世界中で様々な手法が提案されていますが、計算コストや精度の面で課題も残っている状況でした。
・本研究では、複雑な計算やプログラムを必要とせず、Excelのようなスプレッドシートソフトウェアで使用できるシンプルな手法を用いることで、計算コストを大幅に下げ、燃焼試験等の現場で即座にO/F履歴を取得する方法を開発することに成功しました。
■ 背景
昨今、リモートセンシングや衛星通信などを目的とした小型衛星の需要が高まっており、内閣府のまとめによると、2013年には大型も含めて年間約200機程度だった衛星の打ち上げ数が、2022年には衛星コンステレーション構築を目的とした小型衛星のみで1800機を超えています。(※)
小型衛星が大量に打ち上げられるようになった結果、打ち上げ機会の確保やコスト低減のため、主衛星打ち上げロケットの空いているスペースに相乗りする「ピギーバック方式」で打ち上げられることが増え、ロケットから軌道に投入された後、小型衛星自身が希望する軌道高度へ自力でたどり着く必要があるなど、小型衛星がスラスタ(推進装置)を持つ必要性が高まっています。
また、運用を終了した人工衛星などが軌道上に放置されることで「スペースデブリ(宇宙ゴミ)」になる問題も深刻化しており、運用中の衛星がスペースデブリと衝突しないよう回避する能力を持つことが必要になっています。加えて、アメリカの連邦通信委員会(FCC)は、任務終了後、衛星が燃え尽きる軌道へ移るまでの期間を「25年以内」と定めていた規則を、「5年以内」に変更すると発表するなど、衛星自身が運用終了後に、自ら速やかに軌道を離脱する性能を持つことも求められています。
しかし、従来、衛星質量が500kgを下回るような小型~超小型衛星は、運用期間が短い・衛星自体の設計寿命が短いなどの理由で、スラスタが搭載されていないことも多く、搭載されていても姿勢制御や軌道の微修正といった低推力のスラスタしか持たないケースが多くありました。
また、これまでの小型衛星用スラスタは数ニュートン級の推力しか持たないものが一般的であり、軌道の移動や離脱に必要となる数百ニュートン級の推力を実現することができません。
さらに、燃料として用いられることの多いヒドラジンは毒性が高く、管理・取り扱いコストが高いために、小型衛星開発のメインプレーヤーとして台頭しつつあるスタートアップ企業が利用するには安全性・経済性の両面でハードルが高く、実用化が難しい状況です。
こうした背景を受け、高い経済性と安全性を兼ね備える、固体ロケットエンジンと液体ロケットエンジンのメリットを両立したハイブリッドスラスタに注目が集まっています。
※ 「宇宙輸送を取り巻く環境認識と将来像」(2023年6月/内閣府)
https://www8.cao.go.jp/space/comittee/05-yuso/yuso-dai2/siryou2.pdf
■ 本発表内容の詳細
燃料と酸化剤の燃焼反応によって推力を得るハイブリッドスラスタにおいて、安定的に高い推力を得るためには、時間経過によって変化する燃料と酸化剤の質量混合比(O/F)を正しく計測し、スラスタ内部の燃焼状態を適切にシミュレーションする必要があります。このO/F履歴推定方法は、様々な研究者によって検討されてきましたが、計算に数時間を要し、かつ、精度が不十分であるなど実用的ではありませんでした。
そこで、ElevationSpaceの共同研究者である東北大学際研の齋藤助教が中心となり、複雑な計算やプログラムを必要とせず、Excelのようなスプレッドシートソフトウェアで使用できるシンプルな手法を提案し、計算コストを大幅に下げ、燃焼試験等の現場で即座にO/F履歴を取得する手法開発に成功しました。
この手法を用いることで、燃焼試験結果を迅速に開発に反映させることができるようになり、ハイブリッドスラスタの研究開発促進に大きく貢献しました。
■ 論文情報
タイトル:Simplified Data-Reduction Method for Hybrid Propulsion
著者: Yuji Saito, Shota Kameyama and Toshinori Kuwahara
責任著者:東北大学学際科学フロンティア研究所 助教 齋藤勇士
掲載誌:Journal of Propulsion and Power
DOI: 10.2514/1.B39387
https://arc.aiaa.org/doi/10.2514/1.B39387
■ ElevationSpace概要
ElevationSpaceは、誰もが宇宙で生活できる世界を創り、人の未来を豊かにすることを目指している東北大学発の宇宙スタートアップです。東北大学吉田・桒原研究室でこれまで開発してきた15機以上の小型人工衛星の知見・技術を生かし、無重力環境を生かした実験や実証などを無人の小型衛星で行い、それを地球に帰還させてお客様のもとに返す宇宙環境利用プラットフォーム「ELS-R」を開発しています。
会社名 :株式会社ElevationSpace(英文表記:ElevationSpace Inc.)
所在地 :〒980-0845 宮城県仙台市青葉区荒巻字青葉468-1 東北大学マテリアル・イノベーション・センター401号室青葉山ガレージ
設立 :2021年2月
代表者 :代表取締役CEO 小林稜平
ホームページ:https://elevation-space.com/
事業内容 :宇宙環境利用・回収プラットフォーム事業、宇宙輸送事業、宇宙建築事業
■「ELS-R」とは?
これまで基礎科学的な実験から産業利用まで幅広く利用されてきた国際宇宙ステーション(ISS)は、構造寿命などの関係から2030年末に運用を終了することが決定しており、宇宙環境利用の”場”の継続的な確保が課題になっています。
ElevationSpaceは、「ポストISS時代」を見据え、宇宙環境利用プラットフォーム「ELS-R(読み:イーエルエスアール)」の提供を目指しています。
「ELS-R」は、無重力環境を生かした実験や実証を、無人の小型衛星で行い、それを地球に帰還させてお客様のもとに返す国内初のサービスです。